勢多だより
(2026年3月号)

退任役員の挨拶

上本 伸二 学長

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学長退任の挨拶

私が学長に就任した2020年4月は、新型コロナウイルス感染症が猛威を振るい始めた時期でした。学長としての最初の仕事が、入学宣誓式中止の決定だったことは、今でも鮮明に記憶しています。当時、入学宣誓式を挙行できなかった医学部医学科の学生は、この3月に卒業の時期を迎えました。その学生たちとともに、学長を退任することは、とても感慨深いものがあります。

学長在任中を振り返りますと、さまざまな改革や事業に取り組んだことが思い起されます。なかでも、「医師の働き方改革」への対応、大学院医学系研究科への看護学専攻博士後期課程の設置、マレーシア国民大学(UKM)とのジョイント・ディグリー・プログラム(JDP)「国際連携エイジングサイエンス専攻」の開設は特に印象深い取組ですが、最も印象に残っているのは、2024年10月の本学開学50周年です。学生・教職員をはじめ、卒業生、湖医会、地域の皆様の多大なご協力・ご支援のもと、さまざまな記念事業を実施することができました。とりわけ、学内外の多くの皆様からのご寄附をもとに、中庭と学生食堂のリニューアルや湖医会ラウンジの新設を実現できたことは、これからの50年に向けた本学の環境改善に寄与するものであると確信しております。

開学から50年を超え、2025年時点で、滋賀県の病院に勤務する常勤医師約2,250人のうち約49%(1,101人)を、診療所・クリニックに従事する医師約1,050人のうち約40%(426人)を、それぞれ本学関係者が占めるまでになっています。本学の理念のひとつに掲げる「地域医療への貢献」について、これまでの50年で着実に達成してきていると言えます。また、2018年の新専門医制度の開始後に本学に入局した専攻医数は、年間平均60人であり、近年はさらに増加傾向にあります。専攻医は、これからの50年の本学の発展と滋賀県の医療環境の充実をけん引する最も大切な人材であり、専攻医の増加は、これまでの50年における本学の教育・研究・診療の積み重ねの賜物です。

最後に、これまで本学をご支援くださった全ての皆様、そしてこの6年間の法人経営・大学運営にご協力くださった全ての皆様に、あらためて深く感謝申し上げます。滋賀医科大学の更なる飛躍と、学生・教職員の皆様の輝かしい前途を心より祈念し、退任の挨拶とさせていただきます。

 

遠山 育夫 理事(研究・企画・国際担当)・副学長

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理事退任の挨拶

1988年4月に解剖学第2講座(当時)・助手として着任して以来、カナダのブリティッシュコロンビア大学に留学していた1年間を除いて、これまで37年という長きにわたり、滋賀医科大学とともに歩んでまいりました。私にとって、本学での教育・研究は、人生そのものと思っております。教員時代には、木村宏教授(当時、現・名誉教授)とともに分子神経生物学研究センター(当時)を立ち上げ、多くの先輩、同僚に支えられながら神経科学研究に従事しました。その間に教授、センター長を歴任し、現在、10名以上の教員が所属する神経難病研究センターにまで発展させることができました。なかでも、超高磁場MR装置を用いたフッ素MR画像法の開発に携わり、アルツハイマー病の新しいMR画像診断薬Shiga-XやShiga-Yを発表できたことは、とても良い思い出です。

2020年4月からは、上本伸二学長のもとで理事(研究・企画・国際担当)・副学長を拝命し、法人経営・大学運営の重責の一端を担ってまいりました。在任中、特に印象深いのは、開学50周年記念事業です。企画担当の理事として、『滋賀医大「三方よし」』の精神で、学生・教職員と卒業生が力を合わせるだけでなく、地域の皆様も巻き込んで実施することができました。ここで紡いだ固い絆は、本学にとって大きな財産であると思います。また、研究担当の理事として、「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)事業」でのワクチン開発や、「立命館大学との地域中核・特色ある研究大学強化促進事業(J-PEAKS)」に取り組むとともに、共同研究講座の制度を整え、2025年度末までに10講座以上を開設するなど、本学の外部資金獲得額の増加に繋げることができました。さらに、国際担当の理事として、これからの本学の国際化の推進に重要なファクターとなる、マレーシア国民大学(UKM)とのジョイント・ディグリー・プログラム(JDP)開設を主導するなど、数々のやりがいのある仕事をさせていただきました。これも、教職員や地域の方々をはじめ、日々ご協力くださった学内外の多くの皆様のおかげであり、心から感謝申し上げます。

2026年4月からは、第9代・滋賀医科大学長として、引き続き本学の運営を担うこととなりました。本学の更なる発展のために、全力を尽くしてまいる所存です。今後とも、あたたかいご指導とご支援を賜りますよう、どうぞよろしくお願い申し上げます。

 

田中 俊宏 理事(医療・労務担当)・副学長・病院長

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退任にあたって、心に深く刻まれたこと。

2020年3月に本学で16年務めた教授を定年で退任し、同年4月から6年間、理事(医療・労務担当)・副学長・病院長を務めました。冷静に振り返ると無我夢中、走りながら考える6年でした。理事、そして病院長として心に深く刻まれたことを綴っていきます。

まず第1に、新型コロナウイルス感染症(以下、コロナ)対応の際に、大幅に権限を委譲してもらい、思いっきり仕事ができたことです。次々と出てくる新たな問題の対応策を、とにかく病院で決めて、即座に実行し、その後まとめて危機対策本部会議に報告し了承を得るという形で進めることができました。そして第2に、役員の仲が良かったことです。人間ですから、未来のことは分かりません。未来予測は人によって違ってきますから、意見の対立は当然ありますが、感情的な対立にならなかったのは非常に生産的でした。この2つは、心からありがたかったと感じています。この2つの背景には、まず上本学長の采配、そして課題対応での多方面からの協力がありました。

皆様にご協力いただいた課題対応では、特に思い出されることが3つあります。まず1つめが「感染症対応」ですが、これには先に書いた「コロナ対応」のほか、コロナと比較するとグッと小規模でありながら、それでも手こずった「バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)対応」の2つがありました。そして2つめが「働き方改革対応」、3つめが「経営難対応」です。コロナ対応を例にとると、新たに作った規則だけで100弱あり、これでコロナ禍に立ち向ったのですが、その過程のさまざまな場面で皆様のご協力をありがたく感じていました。特に印象深いこととしては、1)「次々と出てくる課題への対策の協議」、病院執行部全員で知恵を絞ったのが、昨日のことのようです。また、2)「考えた対策の周知」、段階を追って順に周知していきましたが、当然、反対意見が出ます。万全の対策など、世の中にはありません。対策には必ず欠点がありますので、欠点による弊害を大きく見積もる方は反対するわけです。しかし、反対のための反対、あるいは対案のない評論家的な反対はほとんどなく、スムーズに対策を実行に移すことができ、ありがたく感じると同時に、全教職員が一丸となって危機に立ち向かっていることを、ひしひしと実感でき、大変心強く思いました。さらに、3)「検証と追加方策」・・・と、まだまだ記したいことはありますが、字数制限もあり、これで紙幅が尽きてしまいました。課題対応については、コロナの経験をちょっと書いて終わりとします。

全体をまとめると、困難なことも多くありましたが、教職員をはじめ関係者の皆様のおかげで、充実した理事・副学長・病院長生活でした。働き詰めの毎日だったと思います。深く反省して、これからは家庭を大切に、のんびりと暮らします。ありがとうございました。

 

松浦 博 理事(教育・学生・コンプライアンス担当)・副学長

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退任の挨拶 「多くの出会いに恵まれて」

私は、1982年に弘前大学を卒業し、九州大学病院やその関連施設で心臓外科の研修を行った後、九州大学大学院、セント・トーマス病院(ナイチンゲールが世界最初の看護学校を設立したことでも有名)のレイン研究所(英国・ロンドン)、佐賀医科大学(現:佐賀大学医学部)を経て、1998年4月に本学生理学第二講座(後の生理学講座(細胞機能生理学))の第2代教授として着任しました。

初代教授の北里宏先生は、「興奮性膜の一般生理」という名著でご高名な生理学者でしたので、その後を引き継ぐことができるか不安な気持ちで着任しました。当初は学内に存じ上げている先生がいらっしゃらなかったのですが、臨床各科の教授の先生方から大学院生を継続的に派遣していただき、教室の研究体制を充実させることができました。

私自身は、パッチクランプ法を用いた心筋イオンチャネル研究を中心に行ってきましたが、大学院生とともに軟骨細胞、脊髄後根神経節細胞、平滑筋細胞などのイオンチャネル研究にも携わり、多くの臓器・細胞のイオンチャネルの生理学的、病態生理学的な意義を新たに学ぶことができました。

2011年に学部教育部門長、2015年に学長補佐(教育改革担当)を拝命し、全学の学部教育の運営にも携わってきました。2010年に米国の外国人医師卒後教育委員会(ECFMG)による「国際基準で認定された医学教育を行っている医学部以外の出身者には米国で医師になる申請資格を与えない」との宣言を受けて、本邦でも理念・使命に基づいた医学教育(アウトカム基盤型教育)や診療参加型実習が重要視されるようになり、医学教育も大きく変貌しました。本学も2017年に、日本医学教育評価機構(JACME)による1巡目の医学教育分野別評価を受審しましたが、多くの教職員の皆さまの献身的なご協力により無事に乗り切ることができました。

2019年末から全世界を襲ったコロナパンデミックは、当然ながら本学の教育にも大きな影響を与えました。私は、2020年4月に理事(教育・学生支援・コンプライアンス担当)・副学長を拝命しましたが、その直後の入学宣誓式は、パンデミックの影響により急遽中止することとし、新入生には簡単なオリエンテーションだけを実施して帰宅してもらいました。あのときの心細い気持ちは今でも忘れられません。しかし授業を開始しなければならず、情報総合センターの先生方を中心に教職員や学生の皆さんの協力を得て、ゴールデンウィーク前の早い段階で、無事に遠隔授業実施の体制を整えることができました。

このように28年(生理学教授として22年、理事・副学長として6年)の長い間、多くの教職員の方々や学生の皆さんに支えられ、楽しく充実した本学での教員生活を送ることができました。心より感謝して退任の挨拶とさせていただきます。どうもありがとうございました。
最後になりますが、滋賀医科大学が「地域に支えられ、地域に貢献し、世界に羽ばたく大学として」さらに発展されることを祈念いたします。

 

岩瀬 鎮男 理事(総務・財務・施設担当)・副学長・事務局長

岩瀬理事写真

理事退任の挨拶

2023年4月に東京大学医学部附属病院事務部長から本学に着任し、丸3年の勤務を終え、このたび長崎大学理事・事務局長に異動することとなりました。私の大学事務職員としてのスタートが宮崎医科大学(現:宮崎大学医学部)でしたので、本学着任時は、同じ医系単科大学での勤務に大いに期待を膨らませていたことを思い出します。医学系の大学ならではの行事として、10月の解剖体慰霊式のほか、本学独自の行事である5月の比叡山延暦寺での解剖体納骨慰霊法要及び納骨式、それに毎月2回ほどの解剖体受入式は、「ご遺体こそは尊き師なり」の言葉の通り、将来の医療を担う人材育成において、学生だけでなく教職員にとっても大変意義深く、素晴らしい教育の機会であることを実感いたしました。私自身も学ぶことが多くありました。

また、離職・転職の多い時代において、教職員の人材育成をテーマとした「三方よし人財育成WG」での取り組みも、忘れがたい思い出です。本学は様々な職種職員で構成されていますが、その職種を越えての議論は大変なものでしたが、関わっていただいたWGメンバーの真摯な取り組みに、改めて感謝を申し上げます。本当にありがとうございました。

そして、私が在籍した3年間は、常に財政的に厳しい状況でした。国に対する予算要求だけでなく、既存の制度についても見直しを要望してきましたが、今後の本学運営において、十分な整理とまでは言えない状況と考えております。2004年度の国立大学法人化時に、当時、文部科学省高等教育局で法人化後の運営費交付金のルール(効率化係数や経営改善係数)作りに携わった者として、時代に応じた見直しを行う責任もあると考えております。長崎大学に異動後も引き続き、現場として、国立大学法人として、そして附属病院を持つ国立大学として窮状を「声に出して」訴えていく所存です。

事務局長としては、事務職員の新規採用面接から、管理職の人事評価、時には若手職員から直接意見を伺う機会もありました。若手職員と話していると、自分自身の時代に応じた柔軟性の必要性を痛感することも多々ありました。一方で、人生の、職場の、この世界の先輩として、次代を担う後輩たちへのアドバイスの不十分さも痛感しました。自分がこれまで先輩や同僚から学んだことを、どう後輩達に伝えるのか、今までやってきたことは伝えてきた“つもり”であって、伝えることができていなかったのではと、反省することも多くありました。相手を見て、色々な言葉を尽くし伝える努力はした“つもり”ですが、果たして...

最後に、本当に多くの方々に支えていただいた3年間でした。どうにか退任の日を迎えることができましたのも皆様のおかげです。改めて感謝申し上げます。滋賀医科大学の益々のご発展を祈念し、退任のご挨拶とさせていただきます。

 

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