平成31年4月2日
滋賀医科大学長 塩田 浩平(しおた こうへい)
ここ琵琶湖の地、湖国でも春を待ちかねたように桜の花が咲き始めた今日のよき日、平成31年度滋賀医科大学学部および大学院の入学式を挙行できますことは、本学にとって大きな喜びであります。
滋賀医科大学に入学された医学科100名、看護学科62名の皆さん、おめでとうございます。滋賀医科大学を代表して皆さんを歓迎し、心からお慶び申し上げます。また、これまで長年にわたり成長を見守り、勉学を支えてこられましたご両親やご家族の皆様にもお祝いを申し上げます。
新入生の皆さんは、医師や看護師、保健師、助産師として医療の世界で活躍することを志し、あるいは医学・看護学の研究者になることを目指して、厳しい受験勉強を経て本学に入学されました。いま皆さんが感じている喜びと決意を忘れることなく、これからの4年間または6年間勉学に励み、充実した楽しい学生生活をこのキャンパスで送っていただきたいと思います。
また、大学院博士課程へ進学された38名、修士課程へ進学された11名の皆さん、ご進学おめでとうございます。皆さんの多くは、医療の現場などで一定期間経験を積まれた後に、研究を志して大学院課程に進まれました。これからそれぞれの関心に基づいて選んだテーマの研究に打ち込み、研究者としての修練を積むと共に、医学・看護学の重要な課題の解決を目指して研究を進めることになります。ぜひ個性的で独創的な研究を行い、医学と看護学の進歩に寄与してください。
本日入学される皆さんは平成最後の本学入学生ですが、1ヶ月後には新天皇が即位され、昨日元号が決まった「令和」の時代が始まります。すなわち、皆さんは実質的に「令和」の時代の最初の滋賀医科大学の入学生となるのです。元号が改まり、社会には新しい気分が満ちることと思います。ぜひ皆さんもフレッシュな気持ちで大学生活、大学院生活をスタートしてください。
滋賀医科大学は、滋賀県下唯一の医学部として、優れた医療人を育成し、地域医療の充実と質の向上に中心的な役割を果たしてきました。本学は開学から45年が経ち、卒業生は滋賀県をはじめ、全国の医療の現場や大学などで活躍しています。また、特色ある研究と高度先進医療の実践によって、医学・看護学の進歩と医療の発展に寄与することも本学の重要な使命であります。滋賀医科大学は「地域に支えられ、地域に貢献し、世界に羽ばたく」大学として信頼を得てきましたが、本日お迎えした若い皆さんが我々の仲間に加わり、本学のさらなる発展のために一緒に力を発揮していただくことを楽しみにしています。
いま、世界は大きく動き、人工知能(AI)やIoT、ロボットが日常生活に深く入り込み、科学技術が加速度的に進歩しています。現在起こっているこうした社会の変化は「第4次産業革命」とも呼ばれます。このような激しい変化の時代にあっては、自らの考えをしっかりと持って変化に対応していくことが重要になります。そうした時代を生きる皆さんに、私は3つのことを望みたいと思います。
第1は、「時代を知る」ということです。皆さんが育ってきた平成の時代は、戦争がない時代でしたが、その一方で重大な自然災害が相次ぎ、リーマンショックで経済が停滞して非正規雇用が増えるなど、人々が必ずしも幸せを実感することができなかった時代です。また、ネット社会が広がり、その功罪が顕在化しました。我々医学関係者に関連が深いこととしては、少子高齢化の進行があります。日本の人口は急速に高齢化しており、65歳以上の高齢者率は現在約28%ですが、20年後の2040年頃には人口の3分の1以上が65歳以上となり、超高齢社会が到来します。そうした時代には、医師や看護師の仕事も今とは大きく様変わりすることが予想されます。医師は急性期の病気を治すだけでなく、増えてくる回復期、慢性期の患者さんをケアすること、また看取りも重要な仕事になるでしょう。在宅医療が増えてくると、看護師や保健師の役割が相対的に重要度を増してきます。また、子どもの数が少なくなりますので、産科医療と助産師の存在が地域にとって不可欠のものになります。ぜひ学生時代から社会の動きに関心をもち、来るべき時代に備えて真の実力と確固たる人間力を身につけて下さい。
第2は「世界を見る」ということです。医学や医療に国境はなく、医師や看護師としての仕事は、どんどん地球規模のものになっていきます。人類社会は、まだ世界各地で深刻な感染症や食料不足の問題を抱えており、国際的な協力、連携がこれから益々重要になっていきます。しかし、昨今の国際情勢を見ると、アメリカの一部に見られる移民排斥、英国のEU離脱を巡る騒動など、グローバル化に逆行する自国第一主義が拡がっているように見えます。また、局地の戦乱が後を絶たず、貿易摩擦などの不透明感も漂っています。
皆さんは、どの場所でどの職務について活躍するにしても、広い視野と真にグローバルな感覚をもった人間になっていただきたいと思います。この滋賀医科大学は自然に恵まれた静かなキャンパスですが、単科大学にはメリットとデメリットがあります。メリットは目的を同じくする人間の集まりで、意思疎通・相互理解を図り易いことですが、その一方で、外の社会と隔絶されることによって自己満足や独善に陥る危険がないとは言えません。若い時代には積極的に外の友人や地域の人々と交わり、見識を広め他者を理解することに努めてください。国内でも外国でも、現地で暮らし、そこの人々と一緒に体験して初めてわかることがたくさんあります。本学では、本学卒業生と地域住民の方々が本学学生を支援してくださる「地域里親制度」があります。また、学部生の時に「自主研修」で他の地域や外国の研究機関、病院で数週間過ごすことを奨励しています。ぜひこうしたプログラムを有効に活用して見聞を広め、社会性と国際感覚を養って下さい。
第3は「未来を考える」ということです。先ほども述べたように、皆さんが中心的に活躍する20年後には、いま我々が予想するのとは全く異なる社会が到来し、現在の常識や考え方がそのままでは通用しなくなる可能性が高いのですが、これは見方を変えると、皆さんが時代を変革し、新たな文化や価値を創造していく主役になることができるということでもあります。皆さんには、これから新しい時代を切り拓くイノベーションの旗手になっていただきたいと思います。そのためにも、今から未来志向をもち、チャレンジ精神を養ってください。また、有意義な人間性と正しい批判精神を涵養するため、学生時代にはスポーツを行い、文学や芸術に親しみ、よい友人を作って、豊かな時間を過ごしていただきたいと願っています。
さて本日、大学院では、博士課程と修士課程へ、併せて49名の皆さんを迎えました。この中には、4名の留学生の方もおられます。大学院の数年間は、自らの関心とアイデアをもとに自由に発想し、研究に打ち込むことができる貴重な時間であります。皆さんには、クイズの穴埋めではない、本質的な課題の解明に取り組んでいただきたいと思います。
滋賀医科大学では、アルツハイマー病を中心とした神経難病研究、サルを用いた医学生物学的研究、非感染性疾患(生活習慣病)を中心とした疫学研究、癌治療研究などを重点研究の柱として推進すると共に、各研究者の発想に基づく独創的な研究を支援しています。大学院時代は研究者としての技能と考え方を身につける期間ですが、同時に、研究者としての自覚を新たにし、正しい研究倫理を学んでください。
研究を進めて行くと、必ずしも思ったようには進まず、壁にぶつかることがしばしばあります。しかし、そうした時こそ、新しい発見や気づきに近づいている時でもあります。研究には「運、鈍、根」が重要だと言われることがあります。少し古い言葉ですので、これを現代風に解釈してみると、「鈍」というのは愚直に努力すること、すなわち「work hard」と言ってよいと思います。「根」は文字通り根性、つまり「never give up」でしょう。Work hard、never give up の習慣を続けていると、そこに「運」がめぐってくると言えます。しかし研究における「運」は単なるくじ運のようなものではなく、受容体をもった心にのみ訪れる幸運、すなわち「セレンディピティ」であります。「セレンディピティ」は英国の寓話に語源を持つ言葉で、求めずして思いがけぬ幸運に巡り会うことを指し、歴史的な発明・発見を語る時にしばしば引用されます。このような偶然との遭遇は、努力した者の備えがある心(prepared mind)があって初めて気づくことができるとされています。これから本格的な研究生活を始める皆さんに、私からこれらの「work hard」、「never give up」、そして「be lucky」の3つの言葉をはなむけとして贈ります。どうか、皆さんの一人一人がこれからの研究生活を楽しみ、素晴らしい成果を挙げられることを期待しています。
本日、滋賀医科大学へ入学された皆さんの学生生活、大学院生活が充実して実り多いものになることを心から祈念し、お祝いの言葉といたします。